今日は和田義盛さんのご紹介です。和田さんは、三浦一族のひとりです。
リーダー格の人物ですが、アキ子さんではありません。
あだ名はヨッシーではなく、小太郎とか、太郎とか。
【三浦半島の歴史:人物事典・和田義盛】
なんだか今日は寂しがりのちーず。君(T_T)
恋人が欲しいなーと思ってたりする。
だって、街を歩いていたら、カップルばっかりなんだもん。
誰かおらんかのぉ〜。
誰でも良いので、連絡求む。
なんだかブログを書くような気分じゃないから、面倒臭いなぁ(^^ゞ
えっと、三浦一族のうちでも、有名な人の一人ですな。
なんとなく長老のようなイメージがあるけど、源頼朝と同い年です。
最後はご存知の通り、和田義盛の乱で北条氏に敗れてしまいます。
鎌倉の江ノ電に和田塚っていう駅があって、そこに碑が建っています。
【三浦半島の歴史:1213年・和田義盛の乱】
和田義盛が治めていたのは、三浦市初声町和田です。
昔の地名では、和田ノ里って呼ばれていました。
和田の里の碑や、和田城址があります。
【三浦半島の歴史:三浦市初声町和田・和田義盛の里碑】
【三浦半島の歴史:三浦市初声町和田・和田城址】
【三浦半島の歴史:三浦市初声町和田・白旗神社】
この時代の人々の苗字は、同じ一族なのに苗字はバラバラ。
なぜかって言うと、自分の治めていた土地の名前を苗字として名乗っていたからです。
地名を苗字にする事によって、「ここは俺の領地だ!」と主張していたわけです。
自分の治めている土地への執着心の強さみたいなのが、わかるんじゃないかなって思います。
忠義とかよりも、自分の治めている土地の方が大切だったわけです。
三浦一族のメンバーでは、三浦義明については詳しく調べてあります。
三浦一族が歴史の表舞台へ出始めたころの人物ですね。
伝説と史実とが入り混じっていて、どこまでが史実なのかが難しいです。
【三浦半島の歴史:人物事典・三浦大介義明】
主要メンバーを簡単に解説したページはこちらです。
かなり昔に作ったページなので、内容は怪しい(^^ゞ
一番末端に、ちーず。という名前が記載されているはずなんですが・・・
三浦一族じゃなくて、楠木一族なんじゃないかとの話もチラホラと・・・
どちらせにせよ今も、昔も、負け組です(T_T)
【三浦半島の歴史:人物事典・三浦一族】