鎌倉紀行の最終回は、西御門で閉めたいと思う。なぜなのかというと、目的地のひとつだったので。
源頼朝、大江広元、毛利季光、島津忠久のお墓が最終目的地。
こうして、ひきこもりの僕でも、無事に鎌倉に行くことができました。
【三浦半島の歴史:鎌倉市西御門史跡巡り・観光名所案内】
今は古いマウスを持ち出して使ってるんですよー。
今まで使ってたのは、5ボタンマウスのレーザーマウス。
いちよ握りやすいような形に設計されてるの。
古いパーツを突っ込んだダンボール箱から取り出したのは、ボール式2ボタンマウス。
スクロールボタンもないし、戻るボタンもないし、滑りも悪いし、使いづらい(TωT)
耐久性のある5ボタンマウスが欲しいなー。
西御門には、有名な人のお墓があるんです。
その名はもちろん、鎌倉幕府の征夷大将軍となった源頼朝です。
お墓といっても、遺骨が埋められているわけではなく、供養塔のようなものなのですが・・・
ここが、今回の鎌倉紀行の目的地のひとつでもあったのです。
次はデートで鎌倉のハイキングコースとか回ってみたいなー♪
お相手はもちろん、叶姉妹の叶恭子様です!!

源頼朝のお墓の、すぐ下にある小さな神社が白旗神社です。
白旗神社という名前の神社は、日本各地にあるんじゃないかな?
ティターンズのエマ・シーンが黒いガンダムmk2で白旗を持ってアーガマにやってきたのは、記憶に新しいですね。
白旗神社は、法華堂跡になるみたいです。
【三浦半島の歴史:鎌倉市西御門・白旗神社】

急な階段を上った上にある、源頼朝のお墓です。
ミニスカートの女の子が前を歩いていれば、パンツが見えたかもしれないのに、残念だったなー(TωT)
20年くらい前になるのかな、誰かに破壊されちゃったのを修復したんですよ。
以前は茶屋のようなお土産屋さんがあったんだけど、なくなってました。
【三浦半島の歴史:鎌倉市西御門・源頼朝の墓】

時代劇などでも有名な3人の人のお墓があります。
源頼朝のお墓から、険しい獣道を進んでいくと、このお墓にたどり着くことができます。
ここもやっぱり、遺骨があるわけではなく、後年になって供養塔のような感じで建てられたお墓です。
しかも、墓石のある穴は、古墳時代のお墓だったりします。
【三浦半島の歴史:鎌倉市西御門・毛利季光・大江広元・島津忠久の墓】

さっきの3人衆のお墓のすぐ下にあります。
ここのさらに下は、普通に生活道路と繋がってるので、わざわざ険しい道を歩いて源頼朝のお墓から行く必要はないと思う。
北条義時法華堂跡は、現在はただの野原になっています。
それと、三浦一族の一人の三浦泰村のお墓があります。
【三浦半島の歴史:鎌倉市西御門・北条義時法華堂跡・三浦泰村の墓】

色々と周囲を警戒しながら歩いていると、意外な石碑を見つけたりすることがあります。
御大禮記念の碑のようです。
どんな由来があるのか良くわかんないんだけど、見つけるとやっぱり嬉しい。
写真を撮ってると人が集まってくるので、それが恥ずかしいんだよね(^^;)
【三浦半島の歴史:鎌倉市西御門・御大禮記念の碑】

帰り道、ついでに寄ってみた八雲神社。
なぜか、鳥居にひじきが干してあるんだけど、鎌倉の風習なのかな?
神社といっても、町内会館と繋がってるんだよね。
小さな神社です。
【三浦半島の歴史:鎌倉市西御門・西御門八雲神社】

八雲神社に隣接して建っている、来迎寺です。
観光コースから離れた場所に建っているので、観光客も誰もいませんねー。
観光客は見ることができないんだけど、いろいろな品が伝わっているみたいです。
来迎寺の入り口には、太平寺跡の石碑がありますよ。
【三浦半島の歴史:鎌倉市西御門・来迎寺】

グルメな人は、こちらをご利用ください。
僕は貧乏人なので、お供えしてあった団子で食事をすませました。
乾燥していて、ちょっと硬かったです。
【三浦半島の歴史:鎌倉市西御門・お食事処・観光】

西御門の史跡巡りのついでには、雪ノ下の史跡巡りをしてみるのが良いと思います。
すぐ近くだから歩いていけるし、鶴岡八幡宮もあるし。
【三浦半島の歴史:鎌倉市雪ノ下史跡巡り・観光名所案内】
これで、鎌倉紀行シリーズはいったん終了です。
また鎌倉に赴いた際、写真を撮ってページ作成をすると思います。
TOKIOの山口達也クンとか、フィギュアスケートの荒川静香さんと一緒に行きたいなー。